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2010/11/10

★「富士見産婦人科病院事件」知っていますか[2] 裁判の傍聴☆

(続き)
覚えきれないくらい電話をした中に、

富士見産婦人科病院事件の世話人の一人を紹介してくれた女性がいた。

戦い方を学びたい。
行き詰っている私の状況が打ち破れるかもしれない。
色々知りたい。

当時の私は 自分のことにいっぱいで余裕がなく、それでは こちらから与えられるものは何?という思いも浮かんでこない。

実際、富士見の裁判は日本各地の医療訴訟に関わる人々の一つの指標になっていて、世話人の人たちの話を聞きたい。学びたい。タイアップしたいという人は多かった。


・・・そんな私のイメージが壊れたのは、最初の出会いから。
私は教えてもらった世話人の1人のAさんの電話番号に電話をした。
自宅だった。

Aさんは優しいおっとりとした話し方の女性だった。
彼女は これまでも  私のような人間に、たびたび私生活を乱されていたはずだ。
でも、初めて電話をした見知らぬ私の話を、ほんとうに長い時間、誠実に聞いてくれた。

うまい表現が見つからないが、Aさんは私のイメージする「戦う女」ではなく、普通の上品な主婦だった。
穏やかに世間話をしているような、そんな気分にさせてくれる人だった。

長い話を聞いたあと、Aさんは、毎回 行く地裁の裁判が近くあるので、その時なら会えると教えてくれた。
    
  ★―――☆―――★―――☆―――★―――☆

私は早速 約束の日に、教えられた地裁の法廷に向かった。

一度だけ 取材で裁判所に行ったことはあるが、裁判に関しては ほぼ素人で。
ドキドキしながら霞が関の、ニュース画面に よく出る あの出入り口を通って建物に入った。

最近は手荷物検査が物々しいが、当時は守衛さんはいても、その脇を通って誰でも中に入れた。


もし時間があったら、私はみなさんに是非、近くの裁判所へ傍聴へ行かれることをお勧めしたい。

裁判所は、一度中に入れば、どこの法廷でもどんな裁判でも(くじ引きをするような話題の裁判は別として)私たちは自由に傍聴できる。
扉に窓があるので 中の様子は見える。
入口に裁判の内容も掲示してある。
中途入室も退室も自由だから、何ヵ所かのハシゴもできる。

http://www.courts.go.jp/tokyo/kengaku/kozin_boutyou/index.html


勝手に出入りするのは 失礼じゃないかと今でも感じるけれど。

最近は特に裁判員制度があるので、裁判所の見学は将来の役に立つかもしれない。
日本の司法の場に漂う、思ったよりずっと緊迫感のない、あの 穏やかでのんびりとした空気を知るだけでも栄養になると思う。

それに、1フロアにあんなにたくさんの法廷が並んでいて。
毎日 あんなにたくさんの裁判が行われていることにも、驚いた。


話はもどるが、法廷前の廊下で初めてお会いしたAさんは、私のイメージ通りの人だった。

   ★―――☆―――★―――☆―――★―――☆

裁判が終わり、7~8人の参加者はそれから同じフロアの一室で 担当の弁護団の人々(ほとんど手弁当に近いと聞いた)と裁判の報告会をしてから、日比谷公園の中にある喫茶室に集まって打ち合わせを兼ねて談笑した。

驚いたのはAさんだけでなく、喫茶室で改めて顔を合わせた世話人の人たちが みんな普通だったこと。

ふだん「ふつう」という言葉をあまり使わない私が、「普通」「普通」と連呼するのは とてもヘンかもしれないけれど、そこにいる女性たちは お料理教室の帰りにお茶を楽しんでいる。と言われても、何の違和感もない。人生を楽しんでいる主婦の集まりのような雰囲気を漂わせていた。

なんでこの人たちは、長い間戦ってきた気配を感じさせないんだろう?
ものすごく不思議だった。

   ★―――☆―――★―――☆―――★―――☆

彼らが被害者同盟の世話人になったのは単に行きがかりで、決して「闘士」だったからではない。
61人の原告の中には顔も名前も公けにしたくないという人々も多かった。
そこいらが ゆるやかな人々が集まって、「世話人」になったような気がする。

今までに数々の話題になった医療訴訟の原告団の中心人物は、ほとんど政治家に転身している。
被害者同盟にも立候補の話はあったようだが、あえてそうならずに、未だに特別の存在になろうとしない人々の集まりが、私の知る「世話人会」だった。


後から考えると、私が自分自身の戦いをやめてしまったのは、もしかしたら明るい太陽の光の差し込む喫茶室で彼らとおしゃべりをした、あの暖かい瞬間だったような気もする。

だれも信用できず 心が乾き始めていた私には、あの時のみんなの優しい笑顔と笑い声が オアシスだった。


それは やはり戦う女になりきれない私が、それまでの自分の闘いのすべてを捨て、被害者同盟の友人として 裁判の傍聴を続け行動を共に始めた一番の理由だったと思う。
(続く)★☆☆
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コメント

ネクストドアさま

そうなんですか?!
世の中は狭いですね。
被害者の方々は、パソコンをなさる方は少ないので、ここに寄せられたコメントは改めてお届けしたいと思います。
どうもありがとう。

投稿: カニまま | 2010/11/16 12:21

カニままさん、こんにちは。
カニままさんが、事件の関係者と繋がりがあったとは意外でした。

富士見産婦人科病院事件、良く覚えています。
丁度その頃は、私や周りの友人達は妊娠・出産の真っただ中にいましたから!
埼玉に住む友人が妊娠していて、彼女の主治医が事件関係のカルテ整理で警察に協力していたそうです。
時々待合室に、刑事さんらしく強面の男性がいて、怖いと言っていました。

民事では損害賠償が認められて勝訴だけれど、刑事での傷害罪は不起訴となってしまいましたね。

医療の名のもとに行なわれる行為は、不透明ですね。
その代りと言っちゃなんだけど、、診察室における医師と患者の会話は、、殆ど公開状態です!


女性特有の病の医療過誤の場合、戦いたくても戦えない事が多いと聞きました。本人の意志だけでなく、ウジャウジャいる周りの親族とか、、、
周りみんなの意識と、本人の強い心が大事ですね。

被害者の皆様は、その後健やかにお暮しでしょうか?
心と身体に負った傷は癒されはしないけれど、少しでも心穏やかな日々が送れますことを祈ります。

投稿: ネクストドア | 2010/11/15 11:00

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